東京高等裁判所 昭和45年(う)647号 判決
被告人 伊藤等
〔抄 録〕
所論は要するに、原判決は、被告人が本件(原判示第一ないし第四、以下同じ)の各犯行当時心神耗弱の状況にあったとの弁護人の主張を排斥したが、その理由として説示するところは左のとおり事実誤認に出たもので、右の誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから破棄されるべきである。すなわち、
一、原判決は、被告人の性生活に異常は認められないとし、また被告人の日常生活、職業生活も全く正常であったというが、被告人の先妻今井ケサエ、内妻斉藤トシの供述によれば性生活の異常性が窺われ、また、頭痛、倦怠等により本業の大工の仕事をしていなかったことが明らかである。
二、原判決は、本件各犯行に関する、被告人の警察官に対する供述が前後矛盾なく且つ詳細・明確であるというが、警察官は事件の全貌を知つたうえ内容的に矛盾なく明確な調書を作成したので、右のことは全く当然であるが、それゆえに被告人が全部について明確な記憶のもとに詳細に供述したものとは解されない。
三、原判決は、各犯行当時被告人の事理弁識能力がいちじるしく減退していたものではないとするが、鑑定書によれば、本件各犯行は被告人の不機嫌状態に基き発現した精神医学上の「モノマニー」にあたるもので、衝動に対する抑止力がいちじるしく減退していたというのであるから、心神耗弱の状態にあつたとみるべきである
というのである。
よつて案ずるに、原審鑑定人辰沼利彦作成の精神鑑定書ならびに原審第五回公判調書中同人の供述記載部分その他の関係証拠を総合すれば、被告人は軽度の精神薄弱者であることに加えて、本件犯行当時は先妻ケサエと別離後同人に対する不満と煩悶のため異常な抑うつ的不機嫌状態を伴う神経症の状態にあつたこと、四回にわたる本件犯行はいずれも右の不機嫌状態にあって欲望に対する抑制力のいちじるしく減弱した心理状態すなわち精神医学上にいう「モノマニー」の発現として行われたものであることをそれぞれ肯認することができる。
そして右にいわゆる「モノマニー」は、当該行為の非合理性、非倫理性を認識しているにかかわらずその行動に対する欲望が昂進し自己の意思によって抑止しえず、抵抗し難い強迫にかられて行なつてしまうという心理状態であり、いわゆる是非善悪の弁別は一応なしえてもその弁別に従って行動(あるいは行動を抑止)する能力を、全く失ってはいないがいちじるしく欠く状態である。したがって、本件の如き「モノマニー」の状態は、刑法上の責任能力の観点からは、心神耗弱の場合に該当すると解すべきである。また、一般に「モノマニー」は、人によってそれぞれの型(タイプ)があって、特定の類型に属する生活行動を反覆するという形で発現するが、必ずしも意識障害や記憶の欠落を伴わず、ある程度冷静、計画的に事を運び、あるいは他人に発見されないための配慮をするのが通例である。そして、当該の類型以外の生活行動においては健全な判断力と抑制力をもち、正常な社会生活を営みうるものである。
ところで原判決は、弁護人の心神耗弱の主張に対する判断として、
「被告人の性欲は通常人よりも強度であるとしても異常性は認められないこと、被告人の犯行およびその前後の行動等に関する各供述は、いずれもその趣旨が一貫してその間に何等矛盾するところなく、詳細かつ明確であつて、記憶の欠落しているところもないこと、犯行当時の被告人の日常生活、職業生活は全く正常に行われていたこと、本件犯行はいずれも強姦を決意して後被害者を追尾したり待ち伏せしたりして犯行場所も注意深く人気のないところを選択しており、また被害者が声をたてないように口を押えたり、予め下に敷くべき風呂敷を用意した上で犯行を敢行するなど、きわめて慎重且つ冷静に計画された犯行であることが認められる」
と判示し、よつてもつて、本件各犯行が「モノマニー」にあたるとの原審鑑定人の見解をにわかに首肯し難いものとし、ひいて弁護人の右主張を排斥しているけれども、前段に説示したところにかんがみれば、原判決の右の判示は、いわゆる「モノマニー」の性質を誤解したかあるいは論理法則に違背した誤謬があるものといわざるをえない。さらに本件記録を仔細に検討するも、原審鑑定人の鑑定結果を排斥し、また右鑑定書、証言の信用性を疑うに足りる特段の事情は何ら存在せず、当審における事実取調の結果に徴しても、右の結論を左右するに足りない。ひつきよう、原判決には本件各犯行当時の被告人の責任能力に関し事実の誤認があり、右の事実誤認は判決に影響を及ぼすことが明らかであるから、原判決はこの点において破棄を免れず、論旨は理由がある。
(吉川 岡村 稲田)